ちょっとしたヒント
- 人柄ではなく、行動を名指ししましょう。
- 熱を足さず、同じ線をくり返しましょう。
- ささいなことは、手放しましょう。
ひとりの難しい人からやってくる、特有の疲れがあります。大きな爆発ではありません。じわじわと続くしずくのほうです。決まったはずの判断をいちいち蒸し返す同僚。こちらの頼みごとをすべて交渉あつかいする部下。会議での言い方が、帰り道の運転中に何度も頭の中で再生されてしまう同輩。あなたはその人を避けて立ち回るようになります。メールを送る前に三回も角を取る。会話を終わらせたいだけのために、主張をあきらめる。
たいていの人は、これに対して二つのうちのどちらかの初期設定を持っています。やわらかく出て、平和を保ち、心の中で静かにうらむ。あるいはついにキレて、引けるかぎりいちばんきつい線を引き、その週いっぱい自分はいやな人間だと感じる。どちらも同じまちがった思いこみから来ています。あたたかさと厳しさは正反対で、どちらかを選ばなければならない、という思いこみです。
そんなことはありません。身につける価値のある技術は、はっきりした線を保ちながら、それについて心からやさしくいることです。あたたかく、同時に、しっかりと。これは学べるもので、あるかぎりで最も静かなリーダーシップのかたちのひとつです。
「いい人でいる」がうまくいかなくなったわけ
ここにわながあります。「ナイス(感じよく)」は、それだけでは「カインド(やさしい)」と同じではありません。ナイスはつらいひと言を避けます。カインドはそれを言います。
チームを安全で効果的にするものを何十年も研究してきたハーバードの研究者エイミー・エドモンドソンは、この点ではっきりしています。心理的安全性とは、感じよくしていることではない、と彼女は言います。安全なチームとは、みんながいつも心地よいチームのことではありません。率直になれて、まちがいを認められて、罰を恐れずに声に出して反対できるチームのことです。心地よさと率直さは別もので、心地よさを追いかけると、たいていは、本当にチームをまとめている率直さのほうを失います。
この捉え直しは、難しい人と向き合ううえで大切です。摩擦を避けるために物事をならし続けているとき、あなたは関係を守っているのではありません。飢えさせているのです。名指ししない境界は、消えません。また越えられるだけで、そのたびにあなたの相手への敬意が静かにすり減っていきます。はっきりした線を保つことは、敬意のかたちです。それは、正直に向き合うくらい真剣にあなたを受けとめている、と相手に伝えるのです。
厳しくする前に、はっきりさせる
たいていの境界は、会話が始まる前にもう失敗しています。境界を設ける人自身が、自分が何を望んでいるのか実はよく分かっていないからです。あいまいな境界は、簡単に押しのけられます。だから、まず静かな下準備をしましょう。
境界は、自己認識から始まります。名指ししていないものを、人に求めることはできません。難しい人にひと言いう前に、自分自身に具体的になりましょう。
- その行動は、正確には何か。 「彼は無礼だ」ではありません。「彼は私が話し終える前に、チームの前でさえぎる」と言ってみる。人柄ではなく、行動を名指しします。
- 代わりに、あなたは本当は何を必要としているのか。 境界には、はっきりした「お願い」が要ります。「私の話を終わらせて、それからあなたの話を聞きたい」は、人が実際にできることです。「もっと敬意を持って」はそうではありません。
- ここで、あなたが保つべきものは何か。 あなたは、自分のお願いと自分のやり遂げをコントロールできます。相手がそれを気に入るかどうかはコントロールできません。それでいい、と前もって決めておきましょう。相手は気に入らないかもしれず、それは許されることだからです。
不思議なことに、あたたかさはここから生まれます。内側がはっきりして落ち着いていれば、外側を冷たくする必要はありません。とげとげしさは、たいてい、自信がなくて埋め合わせをしすぎているときににじみ出るのです。
言う――実際のひと文
そのときが来たら、瞬間を小さく、言葉をきれいに保ちましょう。落ち着いた、ありふれたひと文で伝える境界は、長くてあやまり続ける前置きや、大きな対決よりも、ずっとよく届きます。
プレッシャーの下でも崩れない構造があります。問題を名指す、その影響を名指す、お願いを名指す。クリーブランド・クリニックは、職場の境界についてシンプルにこう言います。問題について具体的になり、それが自分にどう影響したかを相手に知らせ、これからどう進めたいかを言う、と。三つの短い拍を、平らに言うのです。
たとえば、こんなふうに。
「合意したあとに計画が変わると、チームはやり直しで一日を失います。これからは、判断は会議の中で確定させて、新しい懸念は次の会議のあとではなく前に出してほしいのです。」
何が欠けているかに注目してください。「こんなこと言ってごめんね」はありません。「あなたはいつも」もありません。相手の性格の診断もありません。あなたは行動と結果を述べ、はっきりしたお願いをひとつしているだけです。それだけです。一語一語がしっかりしたまま、口調はこのうえなくあたたかくいられます。
これを横道にそれさせないための、いくつかのこつです。
- 相手への判決としてではなく、自分の見え方から話す。「あなたはみんなを〇〇にする」より、「私は〇〇が必要」「影響は〇〇だった」のほうがよく届きます。
- なぜそうしたのかについて自分が組み立てた物語ではなく、起きたことの事実にとどまる。「なぜ」は、けんかが始まる場所です。
- お願いははっきりと一度だけ言い、それから話すのをやめる。境界のあとの沈黙は、居心地が悪いものです。そのままにしておきましょう。線を後退させて、それを埋めないこと。
相手が押してきたら(押してくるかもしれません)
難しい人は、しばしば境界を試します。ときには強く。身構えるかもしれないし、静かに傷ついた様子になるかもしれないし、事実を言い争うかもしれないし、それを持ち出したあなたのほうを問題にしようとするかもしれません。ここが、たいていの境界が崩れる瞬間です。居心地の悪さが跳ね上がり、それを止めたくて折れてしまうからです。
えさに食いつかないこと。そして、相手に合わせて激しくしないこと。やるべきは、ぶれずにいて、熱を足さずに落ち着いて線をくり返すことです。
「あなたが違うふうに見ているのは分かります。お願いは変わりません。判断は会議の中で確定させます。」
相手の気持ちを認めながら、それでも線を保てます。この二つは矛盾しません。「これがもどかしいのは分かる」と「で、これが私の必要なこと」は、同じひと息のなかにいられます。議論に勝ったり、相手を同意させたりする必要はありません。なりたくない自分にならずに、自分の立ち位置を保つ。それだけでいいのです。
人でいっぱいの部屋についての基本的な真実を思い出すのも役に立ちます。感情は伝わります。相手の緊張を自分の緊張で迎えれば、やり取り全体が熱くなり、見ている全員にうつります。あなたが整っていれば、それもまた伝わります。相手が合わせてくれていなくても、あなたの落ち着きは静かに仕事をしているのです。
そして、境界は守ってこそ意味があります。会議が終われば判断は最終だと言っておきながら、相手が押したからといって蒸し返したなら、あなたは「強く寄りかかれば線は動く」と相手に教えてしまったのです。やり遂げることがすべてです。守らない境界は、ただの不平にすぎません。
部屋全体を背負いこまない
ひとりの厄介な人は、許せば、あなたの一週間をまるごと静かに組みかえてしまいます。だから、会話だけでなく、あなた自身のための柵をいくつか。
どんな小さな失礼も戦いだ、というわけではありません。実際にチームや自分に犠牲を強いるパターンを選び、ささいなことについては、改めて会議を開いたりせずに見逃しましょう。自分のエネルギーを守るのも、仕事のうちです。たえず低くくすぶるうらみの場所からは、うまく率いることはできません。
そのあと自分が何をするかにも目を向けてください。ひとりの難しい同僚のせいで、真夜中に言い返す台詞をさらっていたり、月曜が来るのを恐れていたりするなら、それはそれだけで注意に値します。信頼できる上司、メンター、正直に話してくれる友人と話し合いましょう。そして、その行動が「ただ難しい」を越えて何か別のもの(いじめ、ハラスメント、安全でないと感じさせるもの)に踏みこんでいるなら、それは境界の会話ではありません。人事やリーダーシップの問題であり、あなたひとりで対処する必要はありません。その負担が、あなたの眠りや健康、あなた自身の感覚にのしかかっているなら、セラピストが、状況そのものと、それについてあなたが背負っている重さとを、より分ける手助けをしてくれます。
目標は、難しい人に勝つことでは決してありませんでした。その人のそばで、自分自身でいつづけることです。しっかりしたことをやさしく言えて、その両方を本気で意味できる同僚でいること。人は、それができた人を覚えています。たいていそれは、まわりがいちばん信頼するようになる人なのです。
参考文献
- Amy C. Edmondson, Psychological Safety
- Cleveland Clinic, How To Set Boundaries at Work Effectively
- Harvard Business Review, Rebecca Knight, How to Handle Difficult Conversations at Work
- Harvard Business Review, Monique Valcour, 8 Ways to Get a Difficult Conversation Back on Track